ウィメンズカウンセリング松山 スタッフブログ

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昨日、森田ゆりさんの講演を聞いてきた。
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森田ゆりさんは、1981年より米国と日本で、子ども・女性への虐待防止専門職の養成に25年以上携わってきた。「安心、自信、自由」を子ども達に伝え、子ども達が大人の暴力から身を守るためのCAPプログラムを米国で開発して、日本に伝え、今は帰国してエンパワメント・センターを主催し、子ども・女性への虐待防止活動を続けている人である。

出会いは10数年以上前。岡山市で開かれた「CAPスペシャリスト養成講座」(確か3泊4日くらいだった)を、愛媛から三人で受講しに行った。その後私はCAPの活動には参加せず、教育市民運動の中で子どもの人権問題と関わったが、いっしょに行ったKさんはすぐに「えひめCAP]を立ち上げ、現在まで勢力的に愛媛にCAPプログラムを伝える活動を続けている。

その後女性相談に携わり、DV相談を受けるようになってからは、森田さんの「『ドメスティック・バイオレンス~愛が暴力に変わるとき』(小学館2001年)に、どれほど助けられたか・・・・

10数年ぶりにお会いする森田ゆりさんは、ますます落ち着きと、ご自分の活動への確信を深められているようで頼もしかった。

講演は「人権」とは何か、「人権」と「権利」はどう違うのか、というところから始まった。

「人権」とは何かということは、「人権を考える会」で活動していた私にとって、ライフワークのような課題だ。

森田さんは、手話では「人権」を「人」という字を書いた後、腕の力瘤を指す動作で表現する、と知って、ご自分の考えと同じなので感動したと語られた。

「人権」とは、「ひとの生きる力」、安心や自信や、自由を持つことであると。

そして生きる力を育てるためには、「自分で感じる」→「自分で考える」→「自分で行動選択する」
力をはぐくむ事が大切だと。

もうひとつは「心の応急手当」についての話だった。

虐待・DVの被害者の共通点は誰にもいえないこと。

フロイトの同時代に子ども虐待の心的外傷に正面から取り組んだ稀有な精神分析家シャンドール・フェレンツィは70年以上も前にこう主張しているそうだ。

「一人でいることが」トラウマを形成する。「喜びと悲しみをわかちあい、伝えあうことのできるだれかが<そこにいる>ことが心的外傷を癒す」(S・フェレンツィ『臨床日記』みすず書房)

専門的立場にいるいないに関わらず、傷ついた子どもに出会ったら、一人の隣人として
立ち止まり、耳を傾けて聴くこと、「聴く」ことが、最大の心の応急手当てであること

森田さんはそういう心の応急手当ができる人を、日本中に1千万人ほどに増やすことは可能だと信じて活動している、ということだった。

CAPスペッシャリストは圧倒的に女性たちが多い。
日本ではボランティア活動としての位置づけというせいもあるだろう。
どちらにしろ、女性たちが、当面この活動の担い手になると思われる。

女性たちの「生きる力」が十分に発揮できるようになるにしたがって、世の中が変わっていくだろうと思う。

そのために女性の「人権」を確かなものにしなければ。

色々なことが同時進行で変化しているときなのだと、改めて感じた講演でした。

エンパワメント・センター     http://www.geocities.jp/empowerment9center/index.html
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# by wcm050401 | 2008-06-18 12:57 | 心理学

森田ゆり講演会

忘れていた!

森田百合さんが松山に来る。

お知らせしようと思っていたのに、すっかり忘れていた。

もう今日の話になってしまった。

北条のふれあいセンターで午後7時から。

主催は松山市の人権啓発課らしい。
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# by wcm050401 | 2008-06-16 23:11

戯曲講座

今週末、戯曲講座が開催される。

主催者は「NPO法人シアターネットワークえひめ」

時間は21日土曜日一時から22日日曜日まで
費用は二日間で6000円
場所は坂の上雲ミュージアムの会議室
講師は鈴江 俊郎氏 すごく面白い人らしい。

芝居は大好きだ。

「市民劇場」に入っていたとき、感動の舞台にたくさん出合った。
残念ながら今は時間がなくて、舞台を見ていない。

でも、戯曲というものはどのように書くのか興味がある。
気分転換、人生のリフレッシュと思って受けてみようかな・・・

申込書を取り寄せたら、「応募動機」と「好きな本を3冊あげてください」と書いてある。

えー、たった3冊!
好きな本は膨大な数ある、と思うがすぐには浮かばない。

うーん、うーん、とうなって、ウィリアム・サローヤンの「君が人生のとき」、
テネシーウィリアムズの「バーサよりよろしく」、芹沢光治良の「春の谷間」を思い出したが、まだまだ好きな本はあったはず・・・・「トムは真夜中の庭で」もいい。
フィッツジェラルドの「夜はやさし」に新婚の頃魂を揺さぶられたような・・・
確か村上春樹も古本屋で荒地社出版の「夜はやさし」を読んだ感動を10年以上発酵させて「ノルウエィの森」を書いたと聞いている。
私も京都の古本屋で荒地社出版のフィッツジェラルドを買ったとこまでは同じだ。
同時代だから、私の場合は30年以上発酵させていることになるが、何か書けるか?

いやいや、醗酵はとうの昔に終わっているか・・・・・
                             ヘッジホッグ
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# by wcm050401 | 2008-06-16 16:32 | 文化、芸術

バックアップ

金曜日の夜、携帯電話を落としてしまった。
自称ADD(注意欠陥障害)のわたし、財布やハンドバッグは何度落としたか、
数え切れないほどだが、さすがに携帯電話だけはまだ一度も落としたことがなかった。

あわてて夜道を引き返し、二往復したが見つからなかった。

何が困るって、アドレス、電話番号、メールアドレスなどのデータが500人分入っている。
もう一度入力する手間もだが、再びすべてのデータが入手できるかどうか・・・・・

がっくりとして帰り着いて「携帯落とした~~」
「知っとる」と夫。
え、え、なんで?

最新の着信履歴に残っていた娘の携帯に、拾ってくださった人が連絡してくれたのだそうだ。
娘から連絡が来たとのこと。

近くのスーパーで拾ったことにして、その総合受付に預けてくださった由。
さっそくあくる日取りに行った。

世の中親切な人がいる!!!と嬉しくなった。
でもいつも今回のようについているとは限らない。

前々からデータのバックアップはしなければと思っていたので
さっそく手続きに行った。

わずか、3~4ミリのチップにアドレスデータだけでなく、写真も全部バックアップできた。

これで携帯は完了だが、パソコンのバックアップがまだ手付かずだ。
パソコンもファイルを一つ一つとかではなく一瞬に全部バックアップできるのだろうか?

誰か教えてくださいませ。

                           ITに弱いりすのどんぐりでした
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# by wcm050401 | 2008-06-16 15:21 | 暮らし
 昨夜遅くテレビを見ていたら、岡山市で起きたDV(ドメスティックバイオレンス)による殺人事件の報道が。またかと暗澹とした気持ちで聞いた。

加害者の夫は、「今年2月にも妻が電話に出なかったことに腹を立て、両手足を縛って金属バットで殴るなどしたDVの傷害容疑で逮捕され、懲役二年、執行猶予四年の判決を受けていた」(愛媛新聞)という。

なぜ執行猶予なんだろう???きちんと二年間の刑に服していたら・・・・

いったい、何人の女性がDVで命を落としているのだろうか?
DV防止法ができたと言うのに
DVによる殺人事件は、あいも変わらず頻繁に報道される。

どれくらいの尊い命が暴力で失われているのか、調べてみた。
1996年から2006年までの10年間、夫から妻へのDV殺人件数は、100件から130数件の間を推移している。

DV防止法ができてからも少しも変わっていないのだ。
被害者は妻だけではない。子ども、妻の両親、妻の友人、妻の親類などにも及ぶことも多々あるから、被害者の数はもっと増える。

殺人という究極のDVが減らなければ、DV防止法制定の意味がないではないか。

それにしても昨日の事件も、新聞報道は40行ほどの小さな扱いだ。
DVという概念がなく夫婦喧嘩として片付けられていた頃と、マスコミの扱いは変わらない。

DV根絶のためには、自分達で情報をネットワークしていくしかない。

良い情報やサイトがあったら、教えて欲しい。

昨夜見つけたサイトを二つ紹介したい。(皆さんもうご存知でしょうが・・)


http://berathe-again.cocolog-nifty.com/blog/  
 ドメスティック・バイオレンス(DV)被害者の声:DVなんていらない!



http://resilience.exblog.jp/i30/    
NPO法人レジリエンス(レジリエンスは、DV・トラウマを抱えた女性のこころの健康を取り戻し、維持していくためのサポートをしています)

                                              H・S
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# by wcm050401 | 2008-06-05 00:47 | DV

映画「追憶」のこと

 「追憶」が撮影された1973年と言えば、就職して一年目の頃だった。
映画を見て流した涙の量で言うと、ベストワンを「市民ケーン」と争うのが私にとっては「追憶」だ。泣き腫らした顔で、梅田から茨木のアパートまで阪急電車で帰ったことを憶えている。

深くズシーンと来る感動だった。
女性の魂の自立を描いてこれほど秀逸な映画があっただろうか。

圧倒的な感動と、愛する男を捨てる寂しさと、響きあうバーブラ・ストライサンドの歌声。
主題歌「The Way We Were」の、胸に染み入るような旋律。

ロバート・レッドフォードが最高に輝いていた頃。(私もファンでした、ハイ。)

と、まあこんな話は、あの頃学生をやってた団塊世代のおばさんにしか通じないのかと思っていた。

 さて4月のこと。次女が二人目の妊娠でつわりがひどすぎて東京から緊急避難してきていた。
一日中吐いていたが、合間にはテレビを見たいという。スカパのLaLaチャンネルを契約しろ、とうるさい。4月からなぜかスカパが映らなくなっていたが、どうせ見る時間もないので放置していた。が、重い腰を上げて原因を究明して、LaLa TVを契約することができた。
LaLaと言うのは、for Lady by Ladyのことらしく、女性が見て面白い番組がいろいろあった。

狂喜したのは、韓国映画『私の名前はキム・サムソン』を放映していたこと。この映画は「ウィメンズカウンセリング松山」が8年間続けて主催している「女性(わたし)のためのカウンセリング講座」の講師、「フェミニストカウンセリング堺」の宮野由起子さんおすすめの映画だったからだ。さっそく毎週楽しみに観ている。

それから、夏に、フェミニストカウンセリング堺の「SET(自己尊重)日曜講座」に参加した時、知り合った和歌山のHさんが、「おもしろいわよ」と勧めてくれた「セックス & シティ」も毎日放映していた。

ニューヨークで働く4人の女性の恋とセックスと仕事と、何より友情(シスターフッド?)の物語だ。かなり進んだ内容で、30年後は日本女性もこのくらいアクティブ(何に?)になるんだろうかと、団塊世代としてはかなり引いて見ていた。

主人公の4人は必ず毎日ランチをいっしょにとるのだけど、先日第40何話かで、「追憶」の話で盛り上がるシーンがあった。それぞれの感動を、感に堪えない様子で熱く語りあい、レストランの中で主題歌「The Way We Were」を大合唱するのだ。

で、「追憶」は、私達のようにあの時代に青春していた世代だけでなく、今のニューヨークに生きている世界で多分一番ぶっ飛んでる30代の女達にも、熱く熱く支持されていることを知って、うれしかった。

ところが監督のシドーニー・ポラックのことで、ググって(グーグルで検索して)いたら、男達の「追憶」評にふたつばかり出会った。どちらもひどかった。

ひとつはレッドフォードはかっこいいのだが、バーブラ演じるヒロインには、「そんな生き方であんた幸福なのか、と言いたい」のだそうだ!もう一人も、「この映画を好きになるかどうかはヒロインを好きになれるかどうかだが、かなり難しい。」みたいな事を書いていた。いやはや何と言いましょうか。

「追憶」に感動する女性たちと、スピリチュアル的には、100年の距離がある。女と「遅れている男」の間には深くて暗い河がある。「追憶」がわからない男は巷にごろごろ転がっている。

「追憶」は、これからも多分長い間女性たちに支持され続けることだろう。
「The Way We Were」を万感の思いで聴く女性たちと繋がっていたいと思う。 
                           (はっちゃん)
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# by wcm050401 | 2008-05-31 00:24 | 女性の生き方

シドニー・ポラック監督

 映画は好きだが監督の名前までは詳しくない。知ってるのは、10数人だろうか。

その中で「この監督の作品なら見たい」と思うのは、シドーニー・ポラックとイングマール・ベルイマンくらいだろうか。

そのシドニー・ポラック監督が26日、癌でなくなった。

最初に見た作品は「雨のニューオリンズ」だったと思う。大好きな作家テネシー・ウィリアムズの原作だった。ナタリー・ウッドとロバート・レッドフォードの共演だったがその頃はまだロバート・レッドフォードの名前を知らなかった。

そのあと「一人ぼっちの青春」主演はジェーン・ホンダ。名作です。

それからなんといってもシドニー・ポラックと言えば「追憶」73年)である。
マイセレクト・ベストスリーに入る映画だ。この映画をフェミニスト・ムービーと言わずして何と言おう!「追憶」については、別立てで論じたい。

それから余談だが、まだ見ていないが74年の「ザ・ヤクザ」は、私が京都で学生と大阪で新入社員をやっていた頃、毎日のように阪急電車で40分かけて通った木屋町のレストラン・バー「一養軒」が、ロケで使われているのだそうだ。

監督作品以外にも、たくさんプロデュースしている作品がある。
マイセレクトベストトゥエンティにはいるかと思う「いつか晴れた日に」「ぼくの美しい人だから」のプロデュースも彼だった!!

何かつながりを感じる人でした。一度会ってみたかった・・・・

ご冥福を祈ります。
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# by wcm050401 | 2008-05-30 18:55 | 女性の生き方

d0148801_20115219.jpg3月28日の旅も間もなく終わる。
タメル地区は散策というより雑踏の中を迷子にならぬように歩くことに神経を使った。
神々の山を目指す登山家がこのカトマンドゥで装備品を調達するのだろう。土産物と登山用品、外国人向けのレストランなどがひしめいていた。
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広場では食料品と衣類が山積みされ、人々で賑わっていた。私たちはスーパーマーケットに入ってネパール最後の土産物探しに没頭する。ネパールの商品にこだわる。観光客としてこの地でお金を使うことが使命だと心得て?残金で買い物をした。
砂利のようなヒマラヤ岩塩をネパールの新聞に包んでもらった。徳用クッキーを買い、読めもしないネパール新聞も買った。

カラスが飛ぶ王宮の横を銃を持つ兵士とすれ違いながら、夕食のレストランに向かった。民族舞踊を見ながらネパール料理をいただくらしい。ネパールの地酒が飲めると聞いていたノンベーの私たち親子はかなり期待していた。テーブルには焼きしめの盃といえば聞こえはよいが、土器のような盃が、すでにセットされていた。1メートルほど上から地酒が次々と注がれていく。そのテクニックに注目した。地酒はこの店で造られた蒸留酒ということだったが、美味しさは期待を裏切らなかった! この町の匂いと河を連想させる辛口だった。

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ネパール料理を味わった後、若い女性がカラフルな民族衣装で登場し、陽音階のBGMにリズミカルな踊りが披露された。席を立った先では、下半身が孔雀の男性と遭遇した。孔雀とは思えぬ脚の長さだ。孔雀とダチョウのミックスという印象だったものだからコスプレにも少し無理がある。思わずニヤッとしてしまった。やがて舞台に長い脚の孔雀が現れた。彼はトリになりきっていた。観光客の拍手に羽を広げて全身を揺らしながら応えていた。

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この地を離れる時間が来た。私たちは空港に向かう。ガイドのスシル氏とはここでお別れである。

数日間の滞在で少し見えたことは、貧しいこと、人々の生活に直結する信仰の深さ、文化財が壊れ、環境汚染が進む、教育とストリートチルドレン、労働、男尊女卑にと問題は多いだろう。けれどもスシル氏の言葉を介して見てきたネパールは想像以上に魅力的だった。何といっても人々が逞しく生き生きとしていたように思う。
日本の物質的な豊かさを思った。人の気持や心はどうだろうか。

カトマンドゥの国際線乗り場は混雑していた。出国手続きを終えドラゴン航空に乗った。

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離陸後すぐに機内食が配られた。・・・・さすがに食べられないので断ったが、斜め後ろに座る添乗員は今日4回目の食事をしていた。あっぱれ! 元気に旅するなら“食べること”だと納得した。
私たち親子は夕食の度にコーラやビールを飲んで食事を楽しんだ。旅を終えて1か月も経つというのに、そのツケは腹部あたりにしっかりと残っている。そして、ポカラで仕入れてきたCDは必須アイテムになった。  
ナマスティ

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ウイメンズカウンセリング松山のブログをお借りして私的な旅行記を連載させていただきましたことを、心よりお礼申し上げます。
最後までお読みいただきありがとうございました。  guni K
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# by wcm050401 | 2008-04-29 20:44

ネパール旅行記17 

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小高い丘の上に立つストゥーパ・スワヤンブナートはチベット仏教のゴンパという建物や、ヒンドゥー教の女神などの像、密教の大金剛杵があったり、ネパールの宗教が多面的だとわかる。境内はマニ車に触れながら祈りを捧げる人々と観光客であふれている。お供え物を失敬する猿、寝そべる犬のいる境内を私たちも例に倣って時計周りする。観光客を相手にした商店にはマニ車や置き物、楽器、なんといっても化身の面は品数が豊富で思わず見入ってしまう。
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カトマンドゥーを見下ろす万国旗のようにはためく旗がきれいだ。
この旗は、タルチョという5色の旗。並びも決まっているらしい。それぞれに経文と像が印刷されている。
青(空):パドマサンバヴァ(チベット仏教仏像)  白(風):ルンタ(風の馬)
赤(火):観音菩薩
緑(水):緑ターラー菩薩
黄(地):金剛薩埵(さった)
風に揺れる旗は、風が仏法を世界中に広めると言われるそうだ。

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カトマンドゥーは今日もスモッグに覆われている。
ダンバール広場に向かう途中で、選挙カーに出会った。混雑する道路に大音量の音楽を流すトラックの荷台からピンク色の紙がばら撒かれた。拾い上げるとそれは選挙活動のチラシであった。
この頃ネパールでは立憲君主制か共和制かの選挙運動が繰り広げられていた。町の中には選挙ポスター(顔写真)や旗が揚がり特設会場で支援を訴えている場面も見かけた。識字率が低いために各政党のシンボルマークは重要だとスシル氏は語った。
(2008年4月10日現在:王政廃止派の政党マオイストが第1党となった。)
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ダンバール広場の印象的なものをいくつか紹介しよう。

タレジュ寺院:王室の供養寺。三層の屋根を持つ立派なヒンドゥー寺院。
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シヴァ・パールバティ寺院:18世紀に建立されたという寺院は木彫りが印象的だったが、中央の2階の窓からは、シヴァ神と妃のパールバティ神の夫婦が町を見下ろしていた。ちょっと見た目に滑稽なこの夫婦は23時になると姿を消すとか??
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カーラ・バイラブ:人々に恐れられ、尊敬されているヒンズー教の破壊と再生の神、シヴァの化身。この前で嘘をつくと即座に死んでしまうと信じられていたので建造当時(1660年)は犯罪者を像の前に引き出して尋問したという話もあるらしい。


次回は最終回 guni K
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# by wcm050401 | 2008-04-28 23:39

ネパール旅行記 16

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最終日の朝はやはり早かった。
遊覧飛行でエベレストを見るツアーに参加するからだ。
朝食はフライトが終わってからと聞いていたので、荷物になっていたひと口羊羹を頬ばった。ロビーに集合した私たちは、フライト時間の変更を知らされて結局、朝食をとることになる。起きぬけに食べたひと口羊羹が胃袋の中に居座っていた。

空港まではスシル氏が付き添うが、チケットのない者は空港内に入ることはできない。
またスシル氏はこう付け加えた。上空の天候が悪ければエベレストは見られない。急に天候が悪化したならカトマンドゥには戻って来られない。他の空港に着陸することもあり得ると・・・。フライト直前に聞かされた内容に不安が増した。こうなったら頼れるのはネパール語が話せないツアーの仲間だけである。ツアーを誘導する空港職員を紹介された私たちは、その男性職員から眼を放さぬように、一塊りになってフライトを待った。
ポカリ行きと同じ航空機に乗り込んだ。飛行機は一気に飛び立った。
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フライトアテンダントはにこやかにイエティ・キャンディを勧めに客席を回った。悪天候の気配はなさそうだ。あとは山を確認するのみ。
機内で配布されたパンフレットと、実物を見比べる。雪をかぶった7000メートル級の山々が迫ってくる。フライトアテンダントは、そっと乗客に山を示す。
やがて、私たちは順番にコックピットに案内された。キャプテンから示された青空の向こうに、三角に尖った山が見えた。「エベレスト」だった。飛行機はぐんぐん山に迫っていく。
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無事にフライトを終えた。
ホテルに戻って帰国の準備をした後、昼食のために最上階のレストランに向かった。
この旅でずっと避けていた空気の読めないオジサンの隣に座ることになった。お邪魔しますと断って、一緒に中華をいただく。誰に語るでもないオジサンの話に周りはテキトーに相槌を打っていたのだが、そのオジサンが、「ネパールにゆっくりできる喫茶店のようなものがあれば流行ると思うんだがなぁ~」と言った。決して豊かでないこの国にそのような喫茶店が根付くと思うのだろうか?それを求めているのは外国人であって、ネパールという国にいながら自国の快適さを求めているようにしか私には聞こえなかったのだ。私たちは理由も聞かず閉口した。
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昼食後はカトマンドゥー観光に出かける。
丘の上に立つストゥーパ・スワヤンブナートに出向く。写真を見れば誰もが見たことのある寺院だ。四方を見渡す半眼は世界の平和を祈る眼なのだ。
つづく   guni K
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# by wcm050401 | 2008-04-26 09:00

ネパール旅行記15

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金箔の仏教寺院はゴールデンテンプル
(といっても金閣寺をイメージしてはいけない)
革製の靴で寺院の中庭には入れないとのこと。革靴モドキは誤解を受ける可能性もあるので、ビニールサンダルに履き替えればよいのだが、革モドキの靴を脱ぐことに最後まで抵抗している人もあり手間取った。
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中庭にはマニ車が設置されている。中を見渡していると突然若者が入ってきて、何やらモゴモゴ言いながらマニ車を回して一気に出て行ったのだ。そんな若者の動作を「なるほど」と観察していた。レクチャーを受けた気分になった。
気づくとスシル氏の説明は終わっていた。はて?この寺の何を説明したのだろうか?マニ車は内部に経文が入っており、1回転すれば1度お経を読んだのと同じ功徳があるとされることだけが記憶に残る。
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10個のマニ車×回転=功徳の数。それなら100個を回したなら功徳は・・・?? 
こんなアイテムをいったい誰が思いついたのだろう。誰が作ったのだろう?
先ほどのレクチャーに習い私も時計回りに歩みながらそっとマニ車に触れてみる。思ったより力がいるようだ。
後で、娘から聞いたのだが、ツアーの仲間のおっちゃんは、時計周りに回転しているマニ車をわざわざ止めて逆方向に回していたのを見たという話であった。おっちゃんの動機は不明だが、単に右に回転が可能なのかどうか実験をしたにすぎないのだろうか。(それとも異教徒?そんな訳はないと一人でボケと突っ込みをしながら…ニヤリ)
どうか、おっちゃんにも功徳がありますように。
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排ガスにまみれながらカトマンドゥの町中を皆で歩いた。とにかく歩き回った。鼻も喉も肺も経験したこともないほどの荒れを感じた。全身が汚染されたと思った。

カトマンドゥの大きな交差点には信号機があるが、設置数はまだまだ少ない。渋滞で信号が機能しているとはとても思えないのだ。赤青黄色なんて関係ないのだ。交差点のど真ん中に警察官が立っている。信号機があるのに交通整理している。
バイクもバスもタクシーも人も犬も、ごっちゃごちゃ。なぜだかこの感覚に「生きている」ことを実感する。

スズキにトヨタ、インドのタタ自動車をよく見かけた。ドライバーはほとんどが男性であった。
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夜は数種類のカレーを楽しみながら、インド料理を味わう。
つづく  guni K


 
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# by wcm050401 | 2008-04-24 01:06
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クマリの館に入り、スシル氏の話を聞きながら写真撮影を終える。クマリは観光客のために窓から数秒間顔を出すこともあるとのこと。ガイドのスシル氏が3階の窓にいる世話人にネパール語で呼びかけた。私たちは合掌した。「ナマスティ」 間もなく、ほんの3秒くらい「ロイヤル・クマリ」が真ん中の窓から顔をのぞかせた。
・・・化粧も第3の眼もない普通の少女だった。
彼女の未来に幸あれ。少しの寄付金を箱に入れこの場を離れた。
クマリのその後
女神から普通の女性になった彼女たちは、学校に通ったり結婚するらしい。なにしろ元女神と結婚するのだから男性も苦労するらしい。早死にする男性もあるというが本当のところは知らない。
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帰国してからネパールに関する情報を見直していたところ、「クマリ」の情報に驚いた。
私たちの見たクマリは「ロイヤル・クマリ」だったのだが、なんと「ローカル・クマリ」が解任され、後任を探しているらしい。その理由は、カトマンズ郊外のバクタブルに住む「ローカル・クマリ」がイギリス制作のドキュメンタリーの宣伝にアメリカを訪問したのが事の発端。ヒンドゥー教徒、仏教徒から慕われる「クマリ」が伝統を無視したとのことだが、制作側の意図はなんだったのだろう。(写真は“flickr”より By sujathafan)
私個人からみれば「クマリ」=女性問題、人権問題だが、ネパールの人々にとっての「クマリ」は宗教であり国の象徴であり、ヒンドゥー教と仏教が混在しながらも宗教戦争に至らないという独特な国なのだ。「クマリ」のことを本当に考えなくてはいけないのは、ネパールの人たちなのだ。
解任される彼女に年金は支払われるそうだが、ジェット機に乗ってアメリカを見た「ローカル・クマリ」は何を考えただろう。解任後の彼女に沢山の幸せが訪れますように・・・。
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2回にわたってクマリのことを述べてしまった。旅行記にもどろう。
名所旧跡を周るのだが、どこも赤レンガと彫刻ばかりで似かよっている。歴史も知らないし耳慣れない名称も混乱の原因だが、特徴的な寺院の写真をご覧いただこう。パタン観光の入口。ダンバール広場に向かう。レンガの建物が多い中で、石造りの建物は珍しいクリシュナ寺院。
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旅はあと1日となった。  つづく guni K
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# by wcm050401 | 2008-04-22 11:48

あなたの悩みに向き合う時間を、きちんと生活の中に作りだしてみませんか? そこからすべての変化が始まります。 ウィメンズカウンセリング松山は、女性のためのスペースです 。様々な問題を抱えて悩んでいるあなたを、カウンセリング・講座・グループワークなどでサポートします。お気軽にご相談ください。


by wcm050401